雑談

子供の頃に夢中で遊んだゲームを作ることになった話

2018年にフリーランスになったのですが、その年から2024年まであるゲームを開発していました。

それは、自分が子供の頃に夢中で遊んだゲームでした。

今回はその時のことを振り返ってみようかと思います。

はじまり

最初にヱドの社長さんからそのお話しをもらった時

まじか・・・

って思いました。

本当に自分が一番プレイしたゲームだったし、誰もが知ってるゲームで、ダウンロード数も4桁万行ってるゲーム。
そういうゲームに携われるようになったということが、自分の中では相当嬉しかったです。
しかもインゲームを担当することになって、テンションが上がりました。

プロジェクトに入って

最初に思ったのが

すごい人数だな・・・

と。

自分が開発したタイトルだと多くても50人程度でしたが、全然そんなの比じゃない。
しかもQAの数が段違い。全体の半分くらいがQAなんじゃないかってくらい。
この人数で毎日デバッグ回してチェックしてるんで、これは品質上がるなぁ、と。

規模の大きさに驚かされました。

技術的なところ

技術的なところが心配だったのですが、そこは大丈夫でした。自分の技術力を客観的に判断出来て良かったです。

でもさすがこのレベルの開発というか、プログラマーのレベルが高かったです。特に自分が担当したインゲームのプログラマーには天才レベルの人達がいて凄かった。
決して技術的に劣ってるというわけじゃなかったんですが(むしろC#だけなら自分がトップレベルだったかも)

  1. 個人視点ではなく全体を見てゲームを最適化していく進行(全体最適化)
  2. 数万行あるコードのロジックを覚えていて最適なロジックを考えられる
  3. 遊ぶ人のことまで考えてプログラムを調整出来る

このへんが勉強になりましたね。

特に①が重要で、ゲームっていろんな人が作ってて、いろんな人が売るために動いてて、いろんな人から要望があって、全部が全部満たせるわけじゃないんですよね。
なので全部を俯瞰して取捨選択していく必要がある。
それをうまくまとめていたのがホント凄いなと思いました。

安定したゲーム運営

長く運営されてるゲームだけあって、運営体制もよく出来てました。

ゲームってバグがつきものなんで、バグとの付き合い方をどうするかが大事で。

  • バージョンアップの少し前に機能FIXという日を設けて、その日以降はアプリに取り込む修正は絞っていく
  • もちろん機能FIX以降もバグは出てくるのですが、致命的なものでなければ(表示不具合とか)次のバージョンにする
  • 必然的にアプリの修正範囲が狭まっていき、徐々にアプリが安定していく

これも全体最適化の考え方ですね。
基本は、遊んでくれる人のことを思って、安定したゲーム運営にしようとしていましたね。

何か問題を起こしたら何十万人の人に影響を与えるプレッシャー

これが一番きつかったですね。

遊んでくれる人の数が段違いだったので、大きな機能入れる時とかすごいプレッシャーでした。
出来るだけ影響が少ないよう修正したり、入念にデバッグしたり。
それでも大きなバグが出ちゃって、あの時は焦りましたね笑(チームメンバーに助けられました。感謝です)

あのプレッシャーを経験出来たことは、自分の糧になりました。

大規模チーム開発を回すには

すごい人数で開発していたので、うまくチームを回すのが大変だったりします。
これに関しては

  • プロデューサー
  • ディレクター
  • リードエンジニア
  • エンジニア班長
  • QAリーダー

トップの人達がすごい人達ばかりでした。
ゲーム開発では適切な「判断」が出来るかがキモになってくるので、その判断が要所要所でちゃんとしていたので、うまくチームが回っていたかと思います。

自分が大変な時に、班長には本当に助けてもらいました。感謝してもしたりないです。
ありがとうございます。

最後に

クレジットに自分の名前が載った時、感動したなぁ。
子供の頃の自分が見たら驚くと思う。
今度は自分の力で、世界中の人に愛されるゲームを作りたい。

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